気まま生活
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1ヶ月も早く生まれちゃったから
なんだか、大変でした。ただ、入院の準備やら赤ん坊の買い物やらはすべて終わっていたのは幸い。「やっと準備が整ったね」と言った側から生まれてきた、って感じでした。

そもそも、お産の3日前、1月18日からなんかおかしかった。母親と買い物に行ったんだけど、とにかく腰が痛い。お腹の下のほうにも鈍痛があるし。ただ、その3日前に検診に行ったばっかりだったから、まあ大丈夫なんだろうと思ってました。買い物中も立っているのが辛い~。「腰痛い」と母親に言っても軽く無視され、買い物続行。今思えばひどい話。

翌日19日、やっぱり少し変な感じはするものの、免許の更新へ。待ち時間、ソファに座っていてもやっぱり腰が重くて痛い。ソファが悪いせいだと思い込む。帰りにはターミナル駅で買い物したが、やっぱりなんか調子悪い。

20日、お産する病院で両親学級なるものがあるので参加することになっていた。両親学級は午後からなんだけど、土曜は午前中は診察しているので受診してみることに。自分の中では、もしかしたらこのまま入院かな、という気持ちが結構大きかった。入院用のバッグを持っていこうかとも思ったんだけど、母親は「お産ってものはものすご~く痛いんだから。あんたの様子じゃまだまだだね。」と言うし、まあいっか、と持たずに病院に。

病院について受付で受信したい旨を伝える。痛みはあるかと聞かれるので、鈍痛があると答える。予約していなかったけど、緊急扱いなのかすぐに呼ばれて子宮の張りを見る機械を付けられる。初めて見る機械だけど、どうも見ている限りでは10分おき程度に規則的に張りがある様子。これって、妊婦雑誌からの知識によればお産の初期段階じゃない!

看護婦さんが見に来て、ちょっと慌てた感じで出て行った。すぐにお医者さんの診察。内診してもらうと、赤ん坊の頭が見えているんだとか!その週の火曜日の診察の時点でも、出口がちょっと開きかけてるとは言われていたんだけど、その後急速に出口が開いちゃって、赤ん坊が出かかってる(とはいえ、お産まではまだまだ遠い)状況。即入院決定。お医者さんいわく、今生まれても大きな問題はないだろうが(その時点で35週6日。37週に入るまでは早産になります。)、できればあと1週間はお腹の中に入れておきたいとのこと。

そして、車椅子登場!!車椅子に乗って診察室から出てきた私を見て、母親はびっくり仰天。そりゃそうだ。

そのまま入院となり、母親が一旦家に戻って入院に必要な物を持ってきてくれました。夕方、父親も病室に顔を出す。その時点で、7分おきくらいに鈍痛が。叫ぶほど痛いわけでもないし、じっとおとなしくしてました。母親は「その程度の痛みじゃまだまだ」を連発。父も母も居座る様子だったので、邪魔だから帰れとのたまう。だって、しゃべることもないし、しゃべられてるとうざいし。なんかあれば呼ぶから、ということで帰ってもらう。

その後、お産は急速に進み、23時頃には助産師さんが「このままお産になると思います。ご家族を呼びますか?」と聞いてくれた。「両親が来たら、何かしてもらうことはあるんですかね?」と聞くと、「うーん、そうですねぇ。赤ちゃんが生まれたら写真を撮ってもらうとか・・・」と助産師さん。うーむ。その程度のことでこんな真夜中にたたき起こしてまで来てもらわなくてもいっか。その挙句、お産が長引いて翌日の昼間にでもなろうものなら、一生言われ続けそうだし・・・と思い、「じゃあ、いいです。生まれたら連絡してください。」とお断り。

この晩は私以外にも3人お産があったみたいで、別の部屋から聞こえてくるこの世の終わりとも思えるような叫び声を聞きつつ、「ああ、ああならないと生まれてこないのか。じゃあ、まだまだだな。」と思っていたら、分娩台へ。ここからが長いのか~。はぁ。と思っていたら、台に上がってひとふんばりで生まれちゃいました。あはは。あまりにあっけなくて笑ったし。

助産師さんに「どうでしたか?」と聞かれたので「いやぁ、あっけなかったですねぇ。これからまだまだ時間がかかるんだと思ってました。」と言うと、「分娩台に上がる前に頑張りましたからね~」と言われた。そうだったのか。初めての経験で、ゴールがどこにあるのか分からなかったから、なんか、ホントにあれ?って感じでした。

生まれたのは21日の午前3時。助産師さんが「ご家族への連絡はどうしますか?」と言うので、「この時間に起こしてもなんなので、朝になったら連絡してください。父は朝が早いので6時過ぎれば起きてますので。」と伝える。

10時過ぎに病院に到着した両親。他の妊婦さんの付き添いの家族に「お宅の娘さん、一人でお産したんですってっっ!!」と、人でなしのような言われ方をしたそうです。母親は「なんか、本人が連絡しなくてもいいって言ったそうで・・・」と弁解したそうですが。ごめん、父母。

母親はいつまでも、「昨夜の様子じゃ生まれそうもなかったけど・・・」と言ってました。はっきり言おう。母よ。痛かったんだって。ただ、そんなに大騒ぎするほどじゃなかっただけ。

退院時、お産でお世話になった助産師さんが父親に「我慢強い娘さんですね」と言っていた。どうやら、一人で出産ってのは、やっぱりちょっと普通じゃなかったみたい。

アレ坊が病院にたどり着くまではまた別のお話で。
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コメント
この記事へのコメント
あっぱれ
Rieちゃんらしいエピソードだね。
深夜でも私だったら親呼ぶな…
家族が近くにいるのに一人で出産ってのは、うん、私もあまり普通じゃないと思う…
ま、アレ坊さんはどっちにしても間に合わなかったからしょうがないね。

私、叫ばない予定が、最後の1時間の陣痛ではぎゃあぎゃあ叫んでた。体から叫び声が搾り出されてきたので、止められなかったよ。
いきんでよくなってからはするりと生まれたんだけどね。
2007/02/07(水) 20:44:21 | URL | Non #-[ 編集]
す、すごい・・・
さすがはねえさん!!
もう我慢強い域を超えてるかも・・・
私もめっちゃ叫びました。ダンナ曰く「人間の声とは思えなかった」らしいです。(汗)
最後は吸引になったし・・・
生まれた瞬間は「二度とこんなことやんないぞ!!」と思ってしまったくらいです。
まあ、ゲンキンなものでそのときのリアルな痛みはもう思い出せないのですが。
2007/02/07(水) 21:32:47 | URL | nononeko #-[ 編集]
Nonさん
なんか、親いると恥ずかしい姿見せられないしなぁ、とか思っちゃって。さらに、周りで暇そうにされたらかなりむかつくし~。お産前日の時点で、陣痛室内にいる両親にむかっぱら立てたからなぁ。なんか、どうでもいい会話してるしさぁ。

私、かなりの安産だったんだと思う。呼吸に集中しろと言われたので、言われたとおりふーふー言ってたよ。声は上げなかったなぁ。まあ、その程度の軽いお産だったということでしょう。母親にはねたまれてます。自分が1人目帝王切開、2人目も結構きつかったらしいので。
2007/02/08(木) 17:45:11 | URL | Rie #3jISyIMY[ 編集]
nononekoさん
助産師さんが、今どのくらいの段階にいるのかを教えてくれないのよ。雑誌見てると、7cm開いただの教えてくれるみたいじゃない?「どんな感じですかねぇ」と聞くと、「お産に入ったと言えますね~」とか「うん、いい感じですよ」とか。だから、まだまだゴールまでは遠いんだ~、とずーっと思わされてたみたい。

分娩室に移る際に、「なんか、出てきてますけど」と言ったら笑顔で「赤ちゃんですよ~」って言われたし。そんな段階で分娩台の上に乗ったから、あとは早い早い。台の上で破水して、その勢いの凄さには笑ったし。破水したら出てくる物体が小さくなったので、逆に楽になったなぁ。破水するまでって、なんか巨大な塊が出てくる感じですごいパワーでした。

しかし、お産の痛みは忘れるというのは本当だね~。そもそも、あまり自分が産んだ気もしないんだけど。それはやばいか。

私の場合は、全体を通じて痛いというよりなんかすごい力で何かがうごめいていて、自分の力ではどうにもならない!!って感じでした。やっぱ、鈍感なのかな。
2007/02/08(木) 17:50:25 | URL | Rie #3jISyIMY[ 編集]
猛獣のように叫んでたのにお産が終わったらケロッとしてシャワーを浴びてたノルウェー人もすごかったですけどRieさんもすごい!!!
ほんと安産でよかったですね。
2007/02/09(金) 04:53:29 | URL | fresa #-[ 編集]
fresaさん
あはは!でも、終わったらケロッて、確かにそうかも。でも、シャワーは浴びられるかなぁ・・・一応縫ったし。

ホント、ちゃちゃっと進んだお産でラッキーでした。
2007/02/09(金) 13:34:47 | URL | Rie #3jISyIMY[ 編集]
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